これも、今は亡き武上四郎氏(元ヤクルト監督、巨人打撃コーチ)から聞いた話。
ミスターこと長嶋茂雄監督(当時)に請われ、武さんは巨人軍の打撃コーチを引き受けた。監督(ヤクルト)を務めた人物が、コーチを引き受けるのは珍しいが、ミスターの言うことには逆らえない。
打撃コーチの仕事のひとつが、代打を準備すること。相手投手との相性や成績を加味して、3人は準備させ、その時の仕上がり具合から順番に名前を挙げていく。
ある試合でチャンスを迎えた時、武さんは準備ができている順に選手の名を挙げた。
すると、長嶋監督は、1番目に出来ている選手ではなく、2番目の選手を指名した。
次の機会、同じような状況で、長嶋監督はやはり2番目の選手を選んだ。
「おかしい。オレのことを信用してくれてないのでは」
武さんが、こう思ったのも無理はない。ことごとく1番に推薦した選手を無視するからだ。
ここで武さんは、「待てよー」と考えた。ミスターは、選手の良し悪し、状態などは考えず、武さんが挙げた2番目の選手、3人の中の真ん中の選手を指名しているだけなのでは?
この予想は見事に的中した。その後も、長嶋監督は2番目の選手を指名し続けたからだ。
武さんも頭を捻った。じゃ、相手投手との相性、成績、仕上がり具合の一番の選手を2番目に言おうと。
その結果、代打起用がズバ、ズバ当たり出したのである。
「2番目(3つのうちの真ん中)を選ぶこと」
これが、武さんが教えてくれたミスターの“野性の勘”だった。