王さんに怒られた苦い思い出

執筆者:setoguchi

 かつて私は王さん(貞治氏、現ソフトバンク会長)に怒られたことがある。

 スポーツ新聞社に入社して1年目、シーズン中のある日、巨人担当キャップから、「お前、明日、王さんと一緒に球場(後楽園)に来い!」と厳命された。

 当時、プロ野球担当記者は、球場入り前が勝負だった。監督、コーチ、選手の家へ行き、車に乗せてもらったり、一緒に電車に乗ったりして、取材した。球場入りしたらろくな取材ができないからだった。

 その日、王さんの自宅へ行くと、すでに各社の“王番”であるベテラン記者たちが顔を揃えていた。取材どころか、顔と名前を王さんに覚えてもらうのが精一杯の私は、この時点で勝負あった。

 当時、長嶋さんも王さんも球場入りする前に番記者を連れてランチを食べることを慣わしにしていた。

 その日は青山にある中華レストラン(今はない)で、円卓を皆で囲み、確か「鶏煮込みそば」を食べた。

 私は王さんの隣に座らされて、冷や汗まじりの汗を流しつつ、懸命に食べた。

 食べ終わったと思った瞬間、隣にいた王さんは私に向かってこう言った。

 「ダメじゃないか、瀬戸口くん! ちゃんと食べないと!」

 「えっ」っと思った。最初、何を言われいるか、わからなかった。丼を見ると、ほんの少し汁が残っている。しかし、ベテラン記者の丼を見てみると、きれいにひと汁も残っていない。王さんの怒った理由はそこにあった。

 王さんの父・仕福さんは、母・登美さんとともに、中華料理店『五十番』を営み、兄・鉄城さんを医者に、王さんを電気技師にすることを夢見ていた。そのために一生懸命働いていた。

 王少年は、皿洗いや出前をして店を手伝いながら、両親の働く背中を見て育った。したがって、一杯のラーメンの重さが違う。スープを残すことなど考えられなかったのである。

 私はそういうストーリーを知らず、完全なる準備不足。ベテラン記者たちは、当然のごとく知っていた。

  その“事件”以来、どんなに体に悪いと知りながらも、私はラーメンの汁を残したことはない。

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